アドニスたちの庭にて
  “バレンタイン・デーは どっち?
 

 

 さて、二月と言えば。
「豆まきだよねvv 今年はのり巻き食べるのがトレンドだったんだってね?」
 アナゴが入ってるのとカニスティックのサラダ巻きと食べちゃったよと、そりゃあ無邪気に応じてくれたお友達の、あまりの屈託のなさにズッコケつつも、
「…トレンドじゃあないと思うぞ?」
 何とか無難に控えめなご指導
(突っ込みとも言う)をくれたのは、瀬那と同じクラスの雷門くん。
「二月といえば豆まきって、それしか思い浮かばねぇのかよ、お前。」
「え〜? 他に何かあったっけ?」
 窓辺の陽だまりの中という暖かな場所にて、机を向かい合わせにくっつけて、それぞれにお弁当を広げている二人。お母さんご自慢の鷄団子の照り焼き煮をぱくりと口に入れ、むぐむぐと噛みしめてから、
「あ、そっか。連休だったよね、建国記念日から3日ほど。」
「…お前なぁ。」
 のほほんとしたお返事を下さったセナへ、ますますと脱力して見せるモン太くんの肩を叩いて、
「冗談だってば。バレンタインデーでしょ?」
 いくらお呑気なボクだって、そのくらいは知ってるも〜んと、自分で言っててどうするんでしょうか、この子ったら。
(笑)




 のっけからコミカルなやり取りをしてくれている彼らは、毎度お馴染み“白騎士学園”に在籍する高校一年生で。今更ながらのご説明になるが、この学園は…幼稚舎から初等科、中等部、高等部、大学部、大学院と、下手すりゃ20年も同じ学校に通い続けることとなる“長期一貫教育”を随分と昔から導入している名門男子校。広大な敷地や巨大な施設の中に、教師や職員の一部と生協のおばさん以外は全員が男という、考えようによっては何ともむさ苦しい場所である。
こらこら お育ちのいい子ばかりなのと、そういった人性を信じた上でのことだろう、男女交際など風紀・生活指導面でもそんなに厳しい規制はないほどに開放的な校風なので、校内暴力の嵐が吹き荒れているとかいった荒んだ話はとんと聞かない、お呑気であっけらかんとした学校であり。特に今現在の高等部は、問題行為の一切起きない、極めて行き届いた世代だと、関係各位からは勿論のこと、OBの方々や周辺住民の皆様からさえも健全を絵に描いたようなと絶賛されるほどの世代なのだそうで。
“だって、進さんたちがちゃんと目を光らせて来たんだしvv
 最高の評価を受けているその基盤というか必須の存在というか。現在現役の生徒会の働きがいかに凄いかを間近で見ているセナには、それもまた当然の評価だもんねと、我がことの誉れのようで嬉しい限り。実質的にはたった4人、表向きには3人こっきりという少数精鋭の首脳部で、結構な人数がいるこの高等部全体を…決して野放しにせず、さりとて徒に粛正し過ぎず。絶妙なバランスで統率している手腕の物凄さと言ったら、これまでの先輩方にはまずもって例がなく、
“怪しい気配には、そりゃあ素早くメスが入ってたそうだしね。”
 不穏な雰囲気への鋭敏な感覚を持ち、機動力と情報収集に長けた凄腕の隠密諜報員を抱え、運動部や有名旧家のご子息といった主な勢力に対しては、先んじてその鼻面を引き回せるだけのデータを入手しておき。物議を醸そうという動きがあれば すかさずそれを突きつけて、事なきを得て来たり。各種学校行事
イベントを盛り上げるため、若しくは全国大会に望む面子への発破をかけるためなどに、口コミや噂を利用し、様々な風聞を流してみたりもし。

  ex,インターハイでは、あの生徒会のマスコットくんが
    色々とコスプレして応援してくれるらしいぞ。
    正規の白い長ランの他にも、
    短パンに白ソックスとか、ヘソ出しキャミソールにオーバーシャツとか。

 これで異様に盛り上がった結果、見事優勝出来た部が実際に幾つかあったというデータは、あいにくとセナ本人は全く知らないらしいが………どういうガッコなんだか。
(笑) そういった学園のご紹介はさておいて、

  「でも、バレンタインデーって言ったって。」

 くどいようだが、ここは男子校である。幼稚舎から此処に通うセナが言うんだから間違いはなく、雷門くんは高等部からの編入生だから気がつかなかったのも無理ないかな…じゃなくって。
「男女交際は特に禁じられてはいないけど、学校での手渡しはまず無理な話だしね。」
 前以て届け出があった親族以外の部外者は、原則として学内にまで入っては来られないし…って。いや、だからその前に。よほどの運がなければなかなかGFが作りにくい環境なのだ、此処は。何せ男子校。授業も休憩もランチタイムも放課後のクラブ活動も、男ばっかという顔触れでこなす訳で。帰宅部所属で放課後は街に出て遊んでますというクチででもないと、まずは“出会い”のチャンスがない。そんな生徒にしても、さすがにそうそう数はいないため、友達同士の紹介でという知り合い方も一般生徒にはなかなか難しく、
「友達チョコを交換し合う子がいなくもないって話は聞くけど。」
 女の子ならともかくも、男の子同士でのそれは…却って空しかろうに。
(う〜ん)
「でも、先輩からこんな話を聞いてるぞ。」
 モン太くんはそう言うと、辺りを見回し、内緒話の構えに入る。それに気づいて椅子ごとお隣りまで移動し、耳を向けたセナくんへ、

  「川向こうの女子校ってのから、
   毎年チョコを届けちまう強者
つわものが出るんだって?」

 こしょこしょりと告げられたお言葉へ、

  「?」

 何のことやらと小首を傾げかけたセナくんだったが、
「…あ、ああ。あの話か。」
 何とか思い出したのが。このシリーズのどこやらかにも既に書いた、ご近所にある女学校のこと。駅を挟んだ向こう側に、公立で共学の黒美嵯高校というのがあるのとはまた別に、ここ、白騎士学園が男子校なのと対照的に、幅の広い川を挟んだ向こう岸にあるのが、そちらは中等部、高等部、短期大学部が一つところに集まっている“聖キングダム女学院”という名の女子校で。その始まり、創設年度はこちらの方が古いのではあるが、そちらもなかなかの歴史を誇る伝統校だとか。そんなせいか、それともそうだからこその歴史と格式なのか、政財界で著名な方や名家・旧家として名を馳せたお家の御令嬢たちが沢山通っていらっしゃる。
「部によってはウチとの交流もあるし、あんまり大っぴらじゃないけれど、交際してるって人たちもいるしね。」
 何せ一番ご近所の学校だし、そちらが業界の大御所の御令嬢だとして、こちらも高名な旧家の御子息だしねという、絶妙な“釣り合い”になる場合が少なくはないものだからと、冗談抜きに“川向こうの君との交際なら まあ許しましょう”なんて仰有る親御さんもザラだそうだが、
「…釣り合いって。」
「今時そんなこと言われてもって、思っちゃうよね。」
 肩をすくめて くすすと笑ったセナだったが、それでもね。そういう古めかしい差別っぽいことが、今だに当たり前のものとして通用している世界もあるこたあると、何となくの肌合いで知っている。例えば生徒会長の桜庭春人さんは、桜花産業という大企業コンツェルンの宗家の御曹司さんで、その将来は…ご本人の意志に関係なく、とうの昔にもう決まっていらっしゃるとかで。お気楽そうに見せているのはそれだけ余裕のある人だから。そうと解釈しなきゃあいけない、そりゃあ大変な立場のお人でもあるのだ。………到底 そうは見えないけれど。
こらこら
“まあ、よほどの上流階級の方々に限ったお話には違いないかな?”
 自分のような普通の家庭の子供だって、幼稚舎や初等科から通ってる学校だしね。ちなみにセナの場合は、お父さんが懇意にしていた弁護士仲間の方が薦めて下さったのでというのが切っ掛けで、入ってみれば言われているほど仰々しいところでもなかった訳だけれど。それはあちらさんでも同じなことらしく…それとも若さゆえの大胆さが為させる技なのか。この、年に一度の恋愛イベントでは、一体どうやってやり果
おおせるのやら、何処からか“決死隊”が構内へと潜入し、お目当ての男子の下駄箱やロッカーへきっちりとプレゼントやお手紙を置いてゆくのだそうで。
「中等部でも果敢にやってみようって子は出るらしいけど、そっちは大概 警備員のおじさんに捕まってる。なのに、高等部への侵入だけは、どうしてだろうか毎年成功してるらしいって。」
「だろだろ?」
 昨年からの話であるなら、あの諜報員さんが手引きしてやってのことかもなんて、そんな風に考えることも出来るけど。もっと前からの話だそうだから、それはない。
『僕らにも判らないままなんだよね、それって。』
 もっとも、野暮だから突き止めるつもりもないけれど。桜庭さんはそう言って楽しそうに笑ってた。
「その“くのいち”たちが運んでくれる中に、俺へのもあったら凄げぇじゃんかvv
 よほど大きな期待をかけているのか、お箸をぐっと握り締め、自然と声が大きくなってた雷門くんへ、あわわっと慌てたセナが制止するようにお顔の前にてパタパタと手を振った。くのいちって、あんた…。
(笑)
「でもでも。………知り合いさんがいるの?」
 それが一番大事なことだ。チョコだのお手紙だの、まずは くれる人がいなけりゃ話にならない。何せ雷門くんは野球部の子だから、向こうのガッコとの接点はほとんどない。地方大会や予選への応援にとチアリーディング部などに来てもらうこともあるのだが、応援スタンドで隣り合わせにでもならない限り、一年生のモン太くんにそういう“出会い”の機会は作れないと思うのだが。失礼ながら…でもでもそれから始まるお話には違いなく、確かめるように訊いてみたところが、

  「心当たりなら居るっ!」

 ふぬぬっと、それは鼻息も荒く言い切ったモン太くん。
「ほら、ホッケーみたいなスポーツがあるだろ? 先っぽに網のついた棒でボールをパスしてってゴールに叩き込む。」
 そのスティックをぶんぶんっと振り回す真似をして見せるモン太くんへ、
「あ、えと…ラクロスのこと?」
 聖キングダム女学院の高等部に、そりゃあ強いチームがあるのは、セナも良く良く知っている。
「ラクロス部の人?」
「おうよっ。」
 秋口に野球部の先輩と一緒に遊びに行った文化祭で初めて姿を見て、あまりの美しさと、人当たりのいい、それは優しい雰囲気に“女神様だvv”と思った人があったのだそうで。
「出し物の採点に集めてるっていうアンケートにサ、名前とガッコとクラスとを書いたら、確かめるみたいに“あなた白騎士の1年B組なの?”って訊き返されてサvv
 これって脈ありってことだと思わないかって、嬉しそうに聞かれたけれど…あのその、えっとね?

  「…それって、姉崎まもりさんでは?」
  「おお、そうだぜっ!///////

 何だ知ってたのかと、照れ隠し半分だろう、背中をバンバンと勢いよく叩かれてしまったが、
「だって、その人、ボクの従姉妹のお姉ちゃんだもん。」
「………え?」
 綺麗で優しくて、でも、大好きなラクロスでは容赦のない豪傑でもあって。その部活でも今期からキャプテンで。そういえば…秋のいつだったかに逢った時、セナのクラスの子も来ていたとか話してくれたような気が。
「お、姉ちゃん?」
「うん。」
 小さい頃から逢うごとに“可愛い可愛いvv”と、そりゃあもうお気に入りのお人形さん扱いで可愛がってもらってた優しい人で。

  「あ、あの…お友達だから宜しくって言っとこうか?」
  「いや…それは良い。」

 打って変わってがっくりしちゃったらしい雷門くんへ、言わなきゃ良かったかしら、でもでもいつかは判っちゃうことだしなと、おろおろしちゃったセナくんだったそうでございます。ほんに、人の恋路というものは、時により罪作りなものであることよ。






            ◇



 さてさて、それで。

  “ボクは、えっと、どうしよっかな。///////

 初等科時代からのずっとずっと、大好きだった進さんが、あのね、ちゃんと“誓い”を立てたお兄様になって下さったでしょう? ミッション系の学校ではあれ、やっぱり…男の子が男の人へチョコを贈るのっておかしいのかな? 進さんは甘いもの食べない人だしな。お花とか…でも、やっぱりおかしいのかな。
“う〜んっと、え〜っと。”
 そもそもは“愛の日”なんだってね。これまた諸説あって、大きな戦さを前に国家以外に大切なものを持たせる訳には行かないと、志の粛正という意味合いから兵士たちの結婚を禁じていた国で、そんな法度に逆らって式を挙げてやり続けたことから、大昔のこの日に処刑された司教様の名前から来てるっていう凄絶なお話も聞いたことがある。人を愛すことや大切に思うことを尊んで、大好きな人へその想いを伝え合う幸せな日。だったら えっと、心からの想いを込めて“大好きです”って告白すればいいのかな? でもでも、進さんて。あのその…ちょっぴり世事に疎いから。今更いきなり何事だと、びっくりさせたりはしないかしら。セナのことへだけは頑張って、出来得る限りの心くばりをして下さる人だから、あらたまってだなんて何かあったのかなって、却ってご心配させないかしら。そういう日なんですよという説明用に、チョコをお贈りすれば良いのかしら。毎年たくさん届いてたそうだから、それで判って下さるかしら。

  “………ああでも確か。”

 進さんて言えば。バレンタインデーに届けられたチョコレートの山を“拾得物です”と派出所まで届けたって伝説がある人だしな。
“え〜っと、え〜っと。///////
 すっかり傷心しちゃった雷門くんの後ろの席で、こちらも妙なことへと悩んでしまってたセナくんで。陽光も随分と目映くなって来て、窓の傍には春の兆しに蕾芽が膨らみ始めた桜の梢が揺れていて。そういうお年頃なのは判らないでもないけれど、授業中は集中しなさい、二人とも。
(苦笑)













  heart_pi.gif おまけ heart_pi.gif


 さてさて、当日の緑陰館を覗いて見れば。
「…妖一〜〜〜。もしかして今年は“彼女たち”と手を組んだでしょ?」
「さあな。何の話だか。」
「去年より量が何倍も多いのっておかしいよ。」
 ロッカーや下駄箱のみならず、なんとこの緑陰館にまで。桜庭さんや進さん、高見さん宛てという名指しでの、大きめの紙袋いっぱいのチョコやお手紙が でんっと置かれてあったものだから。
「確かに、ここへまで入り込めるってのは、手引きした人がいなけりゃ出来ないことですよね。」
「……………。」
「ほら、進だって…ちょっと普段との差が判りにくいかも知れないけど怒ってるぞ。」
「そうですよ、セナくんへのプレゼントまで持ち込ませたりするから。」
「あやや、あのその…。///////
 こんなに沢山貰ったのは生まれて初めてですぅと、困惑気味のセナくんをこそ心配してだろう。相変わらずと言うか、この面子しかいない場では臆したり我慢したりする必要はないと、傍迷惑にも
(笑)勝手にそう判断していなさるのか。小さな弟くんをご自慢の雄々しき腕にて掻い込むように、自分の深い懐ろへと封じ込めているお兄様だったりし。
“あやや、これでは…。///////
 とてもではないが自分のチョコを手渡すどころではないかもと、いろんな意味で困ったなと思いつつ。でもでも、あのね? お顔は正直なもので。進さんの匂いに包まれたまま、暖かい懐ろに押し込まれたこと、そんなに迷惑がってはいないって。むしろ嬉しそうなんじゃないのっていうのがありありと判るほどに。真っ赤になりつつも口許がほころんでしまうの、隠し切れないセナくんだったりしたそうですvv







  〜Fine〜 05.2.10.〜2.11.


  *特に企画した訳でもないのですが、
   甘い季節に甘いお話をということで、
   バレンタインデーものを続けざまに書き連ねている連休でございます。
   ………ちょっと空しいかも。
(笑)
   あとは、ルイヒルもので何か書けたら良いなと構えておりますれば、
   少々お待ちを、ですvv   


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